実質的には井沢元彦による薩摩史とも言える本。
島津の歴史を薩摩隼人にまでさかのぼって記述し、最後は近代における西郷の死で終わるという内容だが、書きたかったのは幕末における薩摩藩と西郷であり、前半部分は、幕末を描くための前史であり前置きであると、著者は言う。
何故そんなに長い前置きが必要かといえば、ひとつには薩摩藩そのものがたどってきたユニークな歴史にあるし、もうひとつは、現代人には分かりにくい朱子学の毒を、丁寧に説明しなければならないからだ。
というわけで、幕末へ繋がる物語として、古代から江戸末期までの薩摩の歴史が紡がれてゆくわけだが、これが本題でないにも関わらずとても面白い。
薩摩というと、日本史においてはあまり重要な役割を演じない周辺地帯という印象で、幕末における活躍以外で薩摩という土地が話題になったことはないのではないだろうか。
日本史全体からはマイナーといってもいい薩摩史は、初めて知ることも多く新鮮な印象をもたらす、特に、家康はなぜ島津に琉球征服を命令したのか?、という謎に対する井沢元彦の推理が非常に冴えていて、面白かった。

後半あたりからは一転して朱子学の説明に入る、いや正確に言えば、日本史に及ぼした朱子学の毒編とでもいうべきか。
この、朱子学に関する説明は、今までの井沢元彦の著作で散々説明されてきた事なので、特に目新しさはなく、まるで復習のような気分で読み進めた。
もちろん、この朱子学の説明も長い前置きの一部であり、これは西郷の征韓論にも繋がってゆく話なのだが、あまり詳しく書くと購入意欲をそぐかもしれないので、詳しく知りたい人は自分で読んでみてください。

とにかくこの本は、幕末における薩摩藩と西郷にだけ焦点を絞った良書だと思う。
こういった、ある特定の地域にだけ絞った歴史の本というのはあまり見ないので、そういった意味でも新鮮だった。
もちろん、来年から始まる大河ドラマを見据えての出版だろうけど、島津・薩摩・西郷、このうちどれかひとつにでも興味があるならば、読んで損はないと思ったね。

あと最後に、『中韓を滅ぼす儒教の呪縛』でも似たようなこと言ってたけど、
「しかし、ここで私、井沢元彦は断言しておこう。これこそ中国を大きく変えた中国史上最大の事件であると。儒教が新儒教(朱子学)に変わったのも、靖康の変以前と以後で中国人、特に漢民族の考え方が徹底的に変わったからである。若い読者は覚えておいてほしい。五年後になるか一〇年後になるか半世紀後になるかわからないが、この靖康の変が中国を変えた最大の事件であるという意見は今でこそ私の個人的主張に過ぎないが、いずれは学会の定説になるはずである。」(P137)
と書いてあったので一応引用しておきます。(笑)


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