キリスト教にこだわっている作家の書いた歴史小説という事で、キリシタン臭が強いかと思えば、そんなことはなかった。
思ったより宗教色は弱く、普通に歴史小説として読めるし、晦渋ということもない。
すらすらと、あまりつっかかることなく読むことができ、読みやすさという点から言えば、充分合格。
下から目線で描かれた信長像と、自身の弱さに思い悩む戦国武将たちという、少しばかり風変わりな歴史物語を楽しむ事ができる。

下から目線と書いたが、この作品の主人公は信長であって信長にあらず、
信長に反逆し、あるいは反逆することさえできなかったような、弱い人々こそが、真の主人公である。
信長に対して「反逆」した人物といえば、光秀がいちばん有名だが、この作品は光秀だけではなく、
他の「反逆」者(荒木村重とか)や、結局信長に対して「反逆」することができなかった人間をも描いている。
信長という存在を直接描くのではなく、周囲の人間の視線から間接的に描くという手法であり、
信長自信は決して主人公ではないながらも、全てに覆いかぶさる巨大な影のような存在として、描かれている。
下から目線とは、要するに部下の目線、あるいは弱者の視点から描いたという事で、ここがこの作品の一番面白いポイントであり、独自性だろう。

中でも、もっとも印象に残ったのがキリシタン大名の高山右近だ。
高山右近というと自分の中では、アニメ『へうげもの』で三木眞一郎が演じてた役という印象くらいしかない。
はっきりいって、豊臣系のキリシタン武将という知識くらいしかなく、どんな人物か、などというのは知識どころか興味さえわかなかった。
しかし、この作品で描かれる右近は非常に興味深い。
キリシタン作家だからこそかもしれないこだわりと、そして、温かみのある視線と興味をそそいでおり、右近に対する興味が湧いたし、もし右近を主人公にした歴史小説があれば、読んでもいいかな、と思うようになった。

とにかくこの作品は、基本的に弱者を描いている作品である。
それも、経済的政治的な弱者というよりも、心が弱い人間を描いた、という感じ。
そういった弱い人間の生き様を描いた作品であり、作者の目の付け所がユニークで、そこが面白かった。
村重、光秀、右近、などなど、色々な弱い人間が登場するけれど、ひとりくらいは共感できたり、興味を持つ事のできるキャラクターに出会えるかもしれない。
皆同じではなく、色々なタイプの弱い人間が描かれており、それらを比べて考えるのも面白いと思う。
ただ、信長が好きな人にとってはヘイトのたまる小説かもしれない。
なにしろ、信長の持つプラス面はほとんど描写されず、魔王としての側面ばかりが描かれるから、一般的な信長像とはややずれるものがある。
そういった点が、信長好きにとっては、読んでいてつらいものを感じるかも知れないが、こういった信長像もそれはそれで真実味のあるものであり、一読に値すると思う。


むしろこの作品で描かれた信長像の方がピタリとくるという人の感想