カラスっぽいブログ

感想置き場、基本ネタバレなし リンクフリー

タグ:さやわか



本書は、前に感想を書いた同じ著者の『文学の読み方』の応用編とでも言うべき内容なので、出来ればそちらを先に呼んでからこちらを読むことをお勧めする。
この本は確かにゲーム論であり、ドラクエ論でもあるが、前著『文学の読み方』で展開された、物語論あるいはエンタメ論とでもいうべきものを引き継いでおり、前著を読んでからのほうが読みやすいし頭に入りやすいだろうと思われる。




ドラクエが物語であることは間違いがない、しかし、文学と言うと首を捻る人も多かろう。
そもそもに置いてジャンルが違う、小説とゲームだ、一体どこが同じなのか、と。
著者が考える『文学』とは、そういったジャンルを指す名称ではなく、物語のひとつのあり方のようなニュアンスで使われていることが多いため、ここでもしつこく言わせてもらうならば、やはり『文学の読み方』を読んでおいたほうがよい。
といっても、めんどくさいし読みたくないという方もいるだろう、そういった人に説明すると、文学とは錯覚を描くものだというのが、大雑把に言えば著者の主張である。
この場合の錯覚というのは幻想と言い換えてもよいが、この作品はリアルであるという錯覚、あるいは人間が描かれているという錯覚、こういったものこそ文学が与える錯覚である、と。
「文学としての」というのは要するに、ドラクエはプレイヤーに対してどんな錯覚を与えてきたかということであり、ジャンルとしての「文学」にドラクエを取り込もうという事ではない。
その点、タイトルがミスリーディングを誘っているような気がしないでもないが、商業的にはこういった誤解されそうなタイトルのほうがよいという事だろう。

本書は年代順に、ドラクエがどんな変化・進化を辿ってきたかという事を社会の出来事とも絡めながら叙述する。
そしてここでも、『文学の読み方』でも大きく扱われた村上春樹が出てくるが、ドラクエとどんな風に絡むかは、読んでのお楽しみとしたほうがいいだろう。
タイトルに反し以外にまっとうというか常識的な内容で、奇抜なことは書いていないので安心して読み進めることができる。
それは逆に言えば刺激が少ないという事で、正直そこまですごく面白いと感じたわけではないが、決してつまらない本ではないし読む価値があると思う。
これから先、おそらく著者は「錯覚」というキーワードを手に色々な題材に取り組むのだろうが、どんな題材に取り組みのか楽しみだ。


amazon e-hon




タイトルからすると、どんなふうな読み方をすれば文学作品を楽しめるか?、というよくある手引書に見える。
が、しかし、内実は、文学の読み方を教授するという内容ではなくて、文学とは何か、あるいは、文学が人々に与えてきた錯覚とは何か、という感じの内容であり、タイトルと内容にズレがある。
なので、手引書を読みたいのなら回れ右することをおすすめする。
この本は、文学作品を引用しながら鑑賞のポイントを抑える、みたいな感じの本ではないので。

いきなり正反対のことをいうようだが、手引書じゃないんならや~めたと思ったそこのあなたは、少しでいいからこの本の内容に耳を傾けても良いと思う。
確かにこの作品は鑑賞の手引きではないが、鑑賞の手引きの手引きかもしれないからだ。
どういうことか。
作品を享受する場合、ある心構えというか、ある種のお約束を踏まえて、それを受け取るというのは、どんなジャンルのどんな作品でもそうだろう。
やや抽象的な言い方になってしまったが、これはこういう事だ。
例えばミステリというジャンルは、あらかじめ謎が提示され、それが最後には解かれてスッキリする、そういうものである。
ミステリとはそういうものだという心構えの元に、読者はその本を読み、楽しむ。
これはお約束の共有というか、幻想を共有するといえばいいのか…、要するにそういったお約束という大地の上に立ってそのジャンルは成り立っているし、どんなジャンルも基本的にはそうだろう、ということだ。
著者は、このことをたった一言錯覚という言葉で表現している。
では、文学、あるいは純文学といわれるようなジャンルにおける、錯覚とはなんだろうか?

と、こんなふうにわざわざ煽らなくても、本のカバーの紹介文に堂々と書いてあったりする、曰く「文学は現実を描ける」「文学は人間を描ける」と。
こういった言説こそ著者に言わせれば文学の錯覚である、と。
幻想、物語、お約束、言い方は何でもいいが、こういったものはたいていの場合、明示されているか、あるいは自明のものである。
このジャンルはそういうもの、あのジャンルはこうして楽しむもの。
いわゆる「文学」が厄介なのは、そういったお約束・幻想が、ないことになっているという所だ。
現実を描いている・人間を描いているという言い方は、そういう事だろう。
こういった透明さ、どこにもお約束はないですよおという態度こそ、著者に言わせればただの錯覚に過ぎないという事になる。
その、錯覚に過ぎないという事を、著者は大変わかりやすく叙述してくれる。
論旨はわかりやすく論理的で、最初に現代を描いてから、なぜこういった錯覚は生まれたのかという問題意識のもとに明治から語り始めるという構成もよい。
文章は平明でわかりやすく、ほとんど専門用語がでてこないので、すいすい読みすすめる事ができる。
そうして最後に辿り着く結論は、実はとても平凡で当たり前の事だったりする、しかし、物語を語る上ではとても大切なものであり、しごくまっとうな結論ではないか。
平凡な結論だがしかし、それは非常に説得力を持っており、やっぱそうだよなと深く共感した。
文学論と言うと難しそうなイメージが強いかもしれないが、平明な言葉で当たり前の事実を説得力を持って語る本書は大変読みやすく、決して退屈ではないので、普段こういった本に興味のない人にもお勧めしたい。



amazon e-hon

このページのトップヘ