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カテゴリ: 歴史



レイヤーという言葉で現代という時代を切ってみせた本。

一見すると現代という時代をハイテクという技術面から読み解いた本に見えるが、ぱらっと目次をめくると、実は世界史の本だという事がわかる。
この本で描かれるのは世界史における、システムの変遷だ。

本は全部から三部からなり、順番に中世・近代・未来となっている。
中世と近代は、今までのシステムを振り返る、いわば復習とも呼べる部分であり、第三部の「未来」を理解するための枕のようなものだ。
だから、という事ではないかもしれないが、非常にわかりやすくコンパクトにまとまっており、人類がどんなシステムの中で生きてきたのかという事がすっと頭に入ってくる。
新書という事もあり、書くことを絞っているからだろう、そのやたらわかりやすい記述は大変素晴らしい。

中世と近代とは、言いかえれば、帝国の時代と国民国家の時代である。
帝国とはどんなシステムであったのか、なぜ国民国家は広まったのか、そして、なぜ国民国家は終わろうとしているのか?
人類が今までどんなシステムを生み出し活用し、そして、放擲していったかという、いわば人類のシステム史が描かれている。
国同士の興亡であるとか、どの帝国が覇権を握ったかだのはさらっと軽く触れるのみで、帝国や国民国家というシステムが、なぜ広まったのか?、なぜ滅びたのか、あるいは滅びつつあるのか、という面にだけ的を絞って記述してある。
国同士の興亡ではなく、文明の興亡でもなく、ここで描かれているのはシステムの興亡史だ。
人類が生み出したシステムも、技術の革新や時代の流れによって変遷してゆく。
では、現代が必要としているシステム、いや、現代を覆いつつあるシステムとはどんなモノだろうか。

著者はそれを<場>とレイヤーという言葉で説明する。
目次にはこうある「第三部 未来――<場>の上でレイヤー化していく世界」(p10)と。
<場>とは何か。
本を読めばたちどころに理解できるが、未読の人にそれを一言二言で説明するのは意外に難しい、しかし、現代人なら誰もがピンと来る概念だと思う。
本の中でも例えとして出されているけれど、例えばパソコンの世界では、Windows
が<場>だったりする。
これはどういう事かと言うと、山があったり谷があったりしてでこぼこしている場所を、Windowsというローラーがガッーとやって、整地してくれたという事だ。
そして、ここでWindowsの役目はおしまい。
後はこの平たい土地で、建物を作るなり金絋を掘るなり皆さん自由にしてください、と。
我々Windowsは<場>を管理したりするけれど、それ以上のことはしないよ、と。
これはべつにWindowsだけではなくてたいていの場所がそうなっている、あるいはそうなりつつあるわけだ。

と、こう書けば<場>がどんな概念がわかってもらえると思う。
そして、著者はこう言う、<場>の世界においてはあらゆるものがレイヤー化する。
レイヤーとは要するに「層」のことね、みんな色んな「層」でできているというわけだ。
一人の人間も、色んな「層」でできている。
国籍とか職業とか趣味とか、いろんな自分の「側面」があるわけだ。
そしてそのいろいろな側面も、人によってウェイトをおいているのが違ったりする。
国籍に重点を置く愛国者もいれば、趣味にウェイトを置くオタクもいたり…、ね。
人間だけじゃなく、色々なコンテンツもそう。


引用
P207
インターネットというインフラのレイヤー。
楽曲や番組、本などが販売されるストアのレイヤー。
どんな音楽や番組が面白いのかという情報が流れる、メディアのレイヤー。
購入した楽曲や番組を、テレビや音楽プレーヤーやスマートフォンやパソコンで楽しむという機器のレイヤー。
そして楽曲や番組そのものというコンテンツのレイヤー。


と、まあこんなふうに、スライスしてみると色々な「層」がでてくるわけだ、そして、このレイヤーの世界には境界は存在しない。
横にガッーと広がっているわけだ、そのかわり、多層的になっている、と。
これも、現代に生きている人間ならば、わりかしイメージしやすいよねってことだ。
わざわざ説明するまでもないというか、まわり見渡してもこんな感じだよね、と。


大体まあこんな感じで、人類の歴史をシステムの変遷にだけ絞って書かれた、大変スマートな新書だ。
とにかくわかりやすく、テーマを絞ってあるだけに無駄な記述がなくて、すいすい読み勧めることができるという、非常に新書らしい新書。



なかなかに説得力のある批判
レイヤー化する世界





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一応歴史小説の範疇にギリギリはいると思われるが…、解説によると史伝らしい。

小西行長という一人の武将を、想像力をつかって描くというよりも、彼はいったいどんな人間であったかという実像に迫るという感じで、映像作品で言えば映画やドラマよりもドキュメンタリーよりの作品だ。
とっつきはやや悪く、小説のような読みやすさはさすがにないが、資料を引用しつつ、じわじわと小西行長の真相に迫るその手腕は、誠実さを感じる。
また、史観というと大げさかもしれないが、作者独自の視点も光っており、そういったところも読みどころだろう。
歴史小説というよりは、エンタメ度の高い歴史書という感じで、確かにややかたい本ではあるけれど、決して読みにくいという事はなく、小西行長と朝鮮出兵に興味があるのならば、一読して損は無いだろう。

そう、この本の主題は朝鮮出兵である。見ようによっては、小西行長という人物を通して描かれた朝鮮出兵の本といっても決して間違ってはいない。
全体の叙述の割合からしてそうだ。
小西行長が出世する、いわば人生の前半期に当たる描写は全体の約三分の一であり、本の大部分は朝鮮出兵それも、文禄の役が占める。
文禄の役における小西行長といえば、その謎めいた行動、太閤に対する大胆な裏切りが有名だ。
謎は二つある、ひとつはなぜああも大胆な行動を取れたのか、もう一つは露見した際になぜ彼は無事だったのか。
この二つの答は、作中において非常に説得力のある答が提示されているので、興味のある人は呼んでほしい。

さて、作者は行長を面従腹背の人として書く。
あらゆる場所であらゆる場合に板ばさみにあってしまう不幸な人、として描いており、高山右近のような颯爽とした振る舞いができない弱い人としても描いている。
従って、というわけでもないが、人物に対しいまいち魅力を感じなかった。
高山右近のようなさっぱりした人物のほうが格好いいんだよね、その点行長はいまいち小物というか、あんま格好良くない。
へたに美化せずに史実を追求するという姿勢なのだから、当然といえば当然なのかもしれないがやはり、行長に対してあまり魅力を感じなかったおかげで、読後感はやや微妙だったりする。
決してつまらなくは無かったし、いくつか光る部分もあった。
例えば中盤、行長がとあるシーンで「泣く」んだけど、これはとても心に残るシーンだし、終盤においても、行長の努力が大地震で瓦解してしまうという場面があって、歴史というものの持つ面白さを味わう事ができた。
ただ、行長個人に対して魅力を感じたり興味を持ったりするという事はなく、はっきりいって、なんかさえない中年男だなあ、ぐらいにしか思わなかった。

もっとも、これはただたんに相性や好みの問題かも知れず、この作品そのものに欠点を感じるというよりも、俺にとって行長は魅力を感じないキャラだ、という事に過ぎない。従って、小西行長について知りたいとか、そもそも行長が好きだ、といった人には安心してお勧めできる。
ただ、どうしてもひとつツッコんでおきたいのは、作者がキリシタンなおかげで、やっぱり神って偉大ですねめでたしめでたし、見たいな感じの終わり方で、なんとももやもやしてしまったところ。
一人の人間の人生や苦労を、神やら何やらを持ってきてスパッと解釈してしまうという姿勢は、宗教家としては正しいのかもしれないが、信仰に無縁な一般人としては、それでいいの?って思ってしまう。
そんな簡単に解釈されたらたまったもんじゃねぇよ、って思ったりするんだけど…、まあこの場合は行長自身がキリシタンだから、いいのかな。
そんなこんなで、悪くない本なんだけど、ちょこっとだけ目につく宗教臭がやや鼻に付いたかなって感じ。


知人に小西行長がいたら大変だよね、という件
遠藤周作『鉄の首枷』の小西行長の裏切る人の心理



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