限界小説研究会による、21世紀の「戦争」と「セカイ系」をテーマとした批評集のようなもの。基本的には、政治や経済の分析ではなくて、9.11以降のテロの時代において、映画やアニメといった「作品」がどう影響を被りどう変質したかを論ずるというスタンスだが、あまり統一感は感じず、各論者がそれぞれ興味のあることを好き勝手に論じるという、良くも悪くもまとまりがない本という印象を受けた。
とはいっても、いくつか印象に残った論考はあるし、読んで面白かった本なので、統一感はなく興味の方向性はバラバラだけれども、読んで損したとは思わなかった。





個人的に一番印象に残ったのが小森健太朗のふたつのアニメ論で両方とも面白かった。

ひとつは、W種00の三作品を扱った「Wから00へ」で、作品が時代からどんな影響を被り、そしてどんな風に消化したのかを分析した論述で、テロと戦争の描き方や扱い方とという観点からこの三作品を論じている。
この三作品は「それぞれに、9・11テロの以前、最中、以後を反映した興味深い物語」(P90)となっており、作品が時代に与えた影響ではなくて、作品が時代からどんな影響を受けたのか?をテーマにしており、言われてみればなるほどなあという納得感がある。

この三作品ともに「平和主義者」が出てくるが、Wのリリーナ、種のラスク、と違い、00のマリナは完全に無力な存在として描かれている、という指摘も面白い。
いわば、「時代」の影響を被ったおかげで、脳天気な平和主義者が出てきても作品世界の現実に対して影響を与えることができなくなってしまった、と。言葉を変えれば、00においてはそれだけ現実的な物語になっている、ということだ。

小森健太朗がこの三作品の中で一番評価しているのが00でその理由としては、「ストーリーも設定も最もよく練られていて、完成度が高い。」(P84)とあり、これも納得。自分もこの三作品の中なら、00が一番印象に残っているし、そこそこ面白かったなあ・・・という記憶がある。これが種なんかになると、あんま面白くなかったのでどんな話だったかほとんど覚えてなかったりする。

ただ、沙慈とルイスのエピソードと描写にたいして批判的なのは意外だった。「物語の中で、ルイスと沙慈のストーリーは奇妙に本筋から遊離している感がある。」(P89)「ルイスと沙慈の話を全部削除したとして、本筋の戦争ドラマには大した影響を与えないと思われるからだ。」(P89)これは確かにその通りなんだけど、自分なんかはほぼ同様の理由でこの二人の扱い方が面白いと感じたんだよね。
「本筋から遊離している」のは事実としても、平和と戦争がお隣同士という現実を描く上ではむしろ、こういう描写の方がよかったのではないかと思われる。そういう意味で一期における沙慈とルイスの描写とその物語内での扱われ方には妙なリアリティを感じたし、印象に残っている。
また、「本筋の戦争ドラマには大した影響を与えない」というのも確かに事実でこのことに関しては反論できないが、しかし、作品の持つリアリティや物語の膨らみに対してはプラスの影響を与えているのではないか、と思う。
沙慈とルイスに関しては、特に一期においてのその異物感、みんなが一生懸命ドンパチやってんのにイチャラヴという描写が、本筋と戦争から遊離していて逆に面白い、と感じたんだよね。



もうひとつは図書館戦争批判なんだけど、これも面白かった。

図書館戦争に関しては、小説もアニメも触れたことがなく、大ざっぱな概要を知るのみなので、小森健太朗の批判がどれくらい妥当なのか?、ということに関しては判断できない。
なので、ここで書かれている図書館戦争というコンテンツの特徴が仮に正しいと仮定して話を進めることにする。

例えば、オウム真理教やエヴァのNERVみたいな感じの閉鎖的でなんらかのドグマを一心に信じ込んでいるような、外側からみるとヤバげに見える団体というのがある。
この作品に出てくる「図書館」側の人間というのも、なんかそんな風な感じの人たちとして描写されているらしい。


「図書館を舞台にして検閲と表現の自由をめぐる相克と対立を描いた物語である『図書館戦争』連作は、異なる価値観がぶつかるといった対立軸が明確に持ち込まれていない。」(P138)

「『図書館戦争』の世界が〈モナド〉的と言えるのは、主人公たち正義の集団の外部にある、価値観を共有しない存在に関して、筋道立った〈論理〉を持つことをまったく許さず、ただただ、理不尽で、〈モナド〉内部の楽園を乱すものとしか措定されていないところだ。」(P146)

「〈良化委員会〉の〈検閲〉には、〈自由〉を旗印に抗戦するが、図書館内部に違う価値観をもった、同じ本を愛することができない者がいるときには、その者の〈自由〉を容認することができないダブルスタンダードと狭量さがこの主人公たちの対応には見え隠れしている。」(P150)

「隊員が命を落としてまで本を守り通したことを是認するほど、人の命より本が大事であるという転倒した価値観を図書隊は信奉するようになっているのだろうか。このジレンマに対して、作中で明確な主題的な提示はなく、その点に関する主人公たちの対応や価値観は、曖昧で不明瞭なままである。」(P155)

「本好きの共同体=〈モナド〉が、国家国民の普遍的な支持を得て、国家そのもののバックボーンをも得て、なおかつその〈自由〉を脅かす〈検閲〉存在への銃撃と抹殺を敢行している。」(P155)


とまあこういう感じで、絶対的な信念を持った正義側の組織VS理屈も生態も不明なわけわからん悪、という良くも悪くも今風な構図の作品らしい。
なにしろ未読で未視聴なので、小森健太朗のこういった分析が正しいのかどうかは判断することはできないが、とりあえず面白そうだなと思ったし、アニメ版だけは見てみようかなと思った。



あと巻末にゲームアニメ映画などの作品ガイドがあり、これが地味ながら結構よかった。このリストを参考にして触れた作品もいくつか有り、とても役に立った。
できれば、限界小説研究会編で、一冊のブックガイド的なものを作って欲しいなあと、思ったり。

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