タイトルにわざわざルポと銘打たれていることからも分かるように、価値判断や、これからどうすべきかという未来への展望をいったん脇において、アメリカの現状はどうなっているかというただ一点に絞って書かれた本。
新書という事もありページ数はさして多くはない、したがって、一点にのみ絞った書き方は成功だったといえる。
何よりも好ましいのは先に書いたように、良いか悪いかこれからどうすべきかという切迫感が、よい意味でないところだ。
こういった電子書籍や、インターネットと本との関係をかたろうとなると、どうしても切羽詰って額に汗をかきながら力を込めて語るという語り方になりがちだ。
しかし、この本の著者は、ごく冷静にありのままに、額に汗をかくこともなくかといって冷静に突っ放すことなく、ごく淡々と事実を述べ伝える。
さながら、アメリカから届けられた手紙を読むような、不思議な読感がある。

出版は2010年ということで古い、従って今アメリカがどうなっているのかはわからないし、この本で書かれた情報は、もしかしたらもう役に立たないのかもしれない。
しかし、アメリカにおける出版事情や、独自のお国柄を知る上ではまだまだ役に立つのではないだろうか。
といっても、比較文化論を語ったり、日本とアメリカの文化の違いを考えたりということはなく、読者に対して、素の情報を提供するというスタンスが貫かれているため、そういった点に深みを感じず、不満に思う読者もいるかもしれない。
しかし自分としては、むしろそういった点が好ましく、押し付けがましくもなく過度に深刻でもないのがよかった。
額に汗して語るような「電子書籍論」に辟易している人は、この本をお勧めしたい。
いい意味で、そっけない本である。



引用

P43
 日本の出版社は、さしずめレンガでできた家。一つひとつの土台がしっかりしていて、不況という嵐にも強いけれど、変化できない。レンガががっちりお互いに食い込んでいるので、少し穴をあけて風通しをよくしようにもなかなかできない。かなりあちこち傷んでいるが、外からは中がどうなっているのかよくわからない。電子書籍という新しい部門が必要になっても、すぐに建て増しできない。
 一方、アメリカの出版社はというと、藁でも木でもなく、ゼリーやシリコンのような材質でできている家、という気がする。ぶよぶよと形を変えながら、必要になったらトカゲの尻尾切りみたいに、すぐにリストラして身軽になったり、新しい分野に進出したいとなれば、他の会社を買収したりして、器用に姿を変えながら成長していく。

P122-P123
しかし、彼は「本」というメディアに託されたドロドロの過去の歴史が、iPadというピカピカのガジェットで洗浄できると思い込んでいるようである。



関連書籍
だれが「本」を殺すのか〈上〉 (新潮文庫)
だれが「本」を殺すのか〈下〉 (新潮文庫)
増補 日本語が亡びるとき: 英語の世紀の中で (ちくま文庫)