カラスっぽいブログ

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一応歴史小説の範疇にギリギリはいると思われるが…、解説によると史伝らしい。

小西行長という一人の武将を、想像力をつかって描くというよりも、彼はいったいどんな人間であったかという実像に迫るという感じで、映像作品で言えば映画やドラマよりもドキュメンタリーよりの作品だ。
とっつきはやや悪く、小説のような読みやすさはさすがにないが、資料を引用しつつ、じわじわと小西行長の真相に迫るその手腕は、誠実さを感じる。
また、史観というと大げさかもしれないが、作者独自の視点も光っており、そういったところも読みどころだろう。
歴史小説というよりは、エンタメ度の高い歴史書という感じで、確かにややかたい本ではあるけれど、決して読みにくいという事はなく、小西行長と朝鮮出兵に興味があるのならば、一読して損は無いだろう。

そう、この本の主題は朝鮮出兵である。見ようによっては、小西行長という人物を通して描かれた朝鮮出兵の本といっても決して間違ってはいない。
全体の叙述の割合からしてそうだ。
小西行長が出世する、いわば人生の前半期に当たる描写は全体の約三分の一であり、本の大部分は朝鮮出兵それも、文禄の役が占める。
文禄の役における小西行長といえば、その謎めいた行動、太閤に対する大胆な裏切りが有名だ。
謎は二つある、ひとつはなぜああも大胆な行動を取れたのか、もう一つは露見した際になぜ彼は無事だったのか。
この二つの答は、作中において非常に説得力のある答が提示されているので、興味のある人は呼んでほしい。

さて、作者は行長を面従腹背の人として書く。
あらゆる場所であらゆる場合に板ばさみにあってしまう不幸な人、として描いており、高山右近のような颯爽とした振る舞いができない弱い人としても描いている。
従って、というわけでもないが、人物に対しいまいち魅力を感じなかった。
高山右近のようなさっぱりした人物のほうが格好いいんだよね、その点行長はいまいち小物というか、あんま格好良くない。
へたに美化せずに史実を追求するという姿勢なのだから、当然といえば当然なのかもしれないがやはり、行長に対してあまり魅力を感じなかったおかげで、読後感はやや微妙だったりする。
決してつまらなくは無かったし、いくつか光る部分もあった。
例えば中盤、行長がとあるシーンで「泣く」んだけど、これはとても心に残るシーンだし、終盤においても、行長の努力が大地震で瓦解してしまうという場面があって、歴史というものの持つ面白さを味わう事ができた。
ただ、行長個人に対して魅力を感じたり興味を持ったりするという事はなく、はっきりいって、なんかさえない中年男だなあ、ぐらいにしか思わなかった。

もっとも、これはただたんに相性や好みの問題かも知れず、この作品そのものに欠点を感じるというよりも、俺にとって行長は魅力を感じないキャラだ、という事に過ぎない。従って、小西行長について知りたいとか、そもそも行長が好きだ、といった人には安心してお勧めできる。
ただ、どうしてもひとつツッコんでおきたいのは、作者がキリシタンなおかげで、やっぱり神って偉大ですねめでたしめでたし、見たいな感じの終わり方で、なんとももやもやしてしまったところ。
一人の人間の人生や苦労を、神やら何やらを持ってきてスパッと解釈してしまうという姿勢は、宗教家としては正しいのかもしれないが、信仰に無縁な一般人としては、それでいいの?って思ってしまう。
そんな簡単に解釈されたらたまったもんじゃねぇよ、って思ったりするんだけど…、まあこの場合は行長自身がキリシタンだから、いいのかな。
そんなこんなで、悪くない本なんだけど、ちょこっとだけ目につく宗教臭がやや鼻に付いたかなって感じ。


知人に小西行長がいたら大変だよね、という件
遠藤周作『鉄の首枷』の小西行長の裏切る人の心理



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タイトルのおかげで損をしている本ではないだろうか。
やたらに刺激的で思わず眼を剥いてしまうタイトル、しかも著者はフランス人という事で、どうせドイツ嫌いのフランス人がやっかみ混じりにドイツをディスっているんだろうなどと、はじめて本屋で見かけたときは思ってしまったものだ。
そんなふうに思ってしまい、本を手に取ることなくスルーしてしまった人は多いと思う、そんな人はぜひともこの本を手にして欲しい、いや買えというわけではない、ただ、本を開いて最初のカラーページを見てほしい。
一目でわかることだが、ガスパイプラインの終着点のほとんどがドイツだったりする。(笑)
これほどまでわかりやすい、「ドイツ帝国」の地図というのもなかなかないかもしれない。
それだけでなく、本書を紐解けばわかるが、EUが実質ドイツ帝国とかしているという事が、著者の口を借りて繰り返し語られる。
そして、そのドイツ帝国の成立に一役買ってしまったのがフランスだというのだから、面白い。
著者によれば、フランスには独特の恐独病というモノがあるらしく、ドイツは怖いから刺激しちゃダメとばかりに気を使っていたら、いつのまにやらドイツがEUの王座についてしまったという事らしい、それもドイツ人が望んだわけではないのにも関わらず。
誰も掣肘する者がいない結果、えっいいんすか?とばかりにいつのまにやらドイツ帝国を築き上げてしまったドイツ人。
そんなドイツを著者は過激な言葉を弄してディスっている。


引用

P143
しかしドイツは、すでに二度にわたってヨーロッパ大陸を決定的な危機に晒した国であり、人間の非合理性の集積地の一つだ。ドイツの「例外的」に素晴らしい経済的パフォーマンスは、あの国がつねに「例外的」であることの証拠ではないか。
ドイツというのは、計り知れないほどに巨大な文化だが、人間存在の複雑さを視野から失いがちで、アンバランスであるがゆえに恐ろしい文化でもある。
ドイツが頑固に緊縮経済を押しつけ、その結果ヨーロッパが世界経済の中で見通しのつかぬ黒い穴のようになったのを見るにつけ、問わないわけにはいかない。
ヨーロッパは、二〇世紀の初め以来、ドイツのリーダーシップの下で定期的に自殺する大陸なのではないか、と。
そう、ドイツに対しては「予防原則」が適用されるべきだ!


いやちょっとさすがに言いすぎなんじゃないかな?(笑)
そもそも、二度の世界大戦の原因をドイツにだけおっかぶせるのはおかしくね?、と思ったり。
まあそんなふうな感じで、ちょっとドイツをディスりすぎかなと思う部分はあるけれど、今のEUはどんなもんなのかというのを知ることができ、面白かった。
一応EUには大統領がいるんだけど存在感空気な上に、なんとなくEUっていうとメルケルっていうイメージがあって、それが不思議だなって思ってる人は読んだほうがいいんじゃないかなって気がする。


わかりやすい要約
書評・「ドイツ帝国」が世界を破滅させる エマニュエル・トッド 文春新書



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アイドルアニメというよりも、アイドルと言う題材を扱って学園青春ドラマを描いたと言う感じか。
アイマスのアニメを見て、アニメで描かれるアイドルもよいものだなと思い、ほかのアイドルアニメも視聴してみようという事で、とりあえず人気があって知名度も高いこの作品を視聴してみた。
この作品、まず目につくのが、アイドルが学生をやっているわけではなく、学生がアイドルをやる、という点だ。
どういうことか、というと、この作品世界においては、スクールアイドルという、学生であると同時にアイドルであり、しかもどうやら非商業で仕事にしているわけでもなく、いわば趣味のようなものとしてアイドルをたしなむという、独特の概念が普通に成立しているらしく、アイドルがまだ学生なのではなく、学生がたまたまアイドルをやっているという感じなのだ。
したがってというか、当たり前なのだが、ヒロインたちは全員学生であり、学校内での描写も多く、いや多いどころかほとんどはそうであり、アイドルモノというよりも、学園青春ドラマにアイドルという要素を加味してみたという印象をもたらす。
従って、アイドルという職業を選び取った人間の悩みや悲しみそして喜びが描かれるというよりも、学生がアイドルという題材を選び取って、そしてそれに対して青春を燃焼させるという感じであり、アイドルという題材は例えば他のスポーツであっても代替可能なものに見える。

第1期という事もあり基本的には仲間が集まる描写が本編の大部分を占め、そして、彼女たちがチームとして形を成していくというのがこの作品の見所と言えるだろう。
この点、例えば、アイドルマスターとは対照的で印象深かった。
仲間が集まる、いや、集める過程そのものが物語になっており、しかも、彼女たちはそれぞれに個性的で厄介な性格の持ち主もおり一筋縄ではいかず、そういったヒロインをまるまる一話あるいは二話使っておとしてゆく、というのがこの作品の前半のノリであり、なかなか丁寧に描いているなという感じで、ゆったりした気分で視聴することができた。
ここら辺は結構好印象で、何よりも、キャラクターに対する描写の丁寧さというか、きちんと時間をかけて描写し、きちんと顔見世をするという親切さは良いと思った。
おかげで、登場人物が多すぎて、把握できないなんて事にはならず、九人という人数はやや多いかな?と思わないこともないが、意外に気にならない。
そういった丁寧さや親切さというものはこの作品に対する好印象の大部分をなしている。

仲間が集まって以降は合宿したりライブしたりと、順当に物語が展開してゆくのだが、1クールという事もありやや詰め込みすぎなのではないかと感じた。
ペースそのものが急に早くなったというわけではない、物語の展開がやや早すぎるというか、問題の解決にややと唐突さを感じてしまい、それがやや詰め込みすぎという印象をもたらしたのだろうか。
これは多少説明を要する。
じつをいうと、はなから2クールの作品だと思い込んでいたのに、十話を見終ったあたりで1クールの作品であると知り、これどうするの?、と思ったこと。
この時点で、いわば、この作品に対するひとつの先入観が形成されてしまったようだ。
2クールだと思って山場はまだ先と考えながら視聴していたのに、実は1クールと知り、えっ、となる。
こういったことによってこうむった精神的影響は、作品に対する評価にもどうしても影響を及ぼす。
やや詰め込みすぎなんじゃね、と感じたのは、そういった個人的事情にも大きく左右されているかもしれないということ。
従って、自分がこの作品に対してやや詰め込みすぎと感じたというのは、そういったバイアスがかかった上での感想であり、話半分ぐらいに聞いてくれないと困る、というのがある。

が、しかし、逆のことを言うようだが、そういったバイアスがかかってない状態で視聴したとしても、やや詰め込みすぎと感じた可能性は高いと思う。
問題は、物語のペースにもなく、物語の展開が急というのでもない。
先にも書いたとおりペースそのものは、やや早くなったかなという程度であり、物語の展開そのものも自然というか、そこまで急展開と言うほどではない。
ではなにが問題かというと、問題の解決の仕方、もうそろそろ1クール終わるから問題にケリをつけとかなきゃ感というのがあり、そこがやや気になった。
小鳥のアレにしろなんにしろもう少し引っ張って丁寧に解決してもいいんじゃないの?、と感じてしまったというのがある。

とくに、主人公が終盤トラブルをおこし、落ち込んで、仲間内もギスギスして仲のよい友達ともどこかギクシャクするという展開は、そうさっくり解決してしまっていいのかなと思える「重さ」を感じた。
もう少し引っ張ってねちねちやってもいいんじゃない?、っていう。
なにか、後もうすぐで最終回だからここらで無理にでもけりをつけとかなきゃ、みたいな感じが、画面越しにひしひしと伝わってきてしまい、おかげでやや興ざめな感があった。

とまあ、こんな感じで、手放しで面白いと感じたというわけではないが、総体としてはそこそこ楽しむ事ができたし、学生の青春をアイドルという題材を通してごくごくまっとうに描いたまっすぐな作風は、さわやかで見ていて気持ちがよかった。
とりあえず、2期も見てみるつもり。



批評とは何かというストレートなタイトル、表題どおりに、著者にとって批評とは何かという事が、手を変え品を変えテーマを変え題材を変え、執拗に繰り返し語られる。
それは半分自己言及のようで、脳内対話を出力したと言う趣がある、けれど、意外にも読みやすく、あまり突っかかる事もなくすらすらと読み進める事ができた。
これは別に、著者がなるたけ平易に語ろうとした結果と言うだけではなく、むしろそういった部分よりも、たった一つのテーマに対して執拗にかじりつくように、徹底的に語り明かした結果もたらされたものだろう。
この本は結局、たった一つのことしか語っていないし、そのたった一つのことしか著者は興味がないかのようにさえ見える。
批評とは何か、という問いを平易にしかも例をまじえてわかりやすく、かといってレベルを落とさず、そして自分にとって批評とは何かという、やや私的なことさえまじえて、作者は語り続ける。
半自伝と言うほどではないとしても、四分の一自伝くらいにはなっており、作者という人間が、よい意味で前面にでてきている。
だからこれは、はっきり言ってしまえば作者による「批評」の俺定義であり、それ以上でもないしそれ以下でもないと、言えると思う。
これは別にdisってるわけではなくて、結局批評というモノはそうならざるをえないものだし、そういうモノなのだという、作者自身の今までの人生で掴んだ結論めいたものなのだろう。
半ば自伝、半ばエッセイ、そして、題材を変えながらオレにとって批評とは何か、それだけを語り続ける本であり、高度な内容にもかかわらず、その一貫性は読みやすさに多大な貢献をなしており、さくさく読むことができる、これは驚くべき事なのかもしれない。



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